『〈自己完結社会〉の成立』(下巻)
おわりに
振り返れば、本書がこうして完成を迎えるためには、5年の構想期間と、5年の執筆期間を必要とした。40代を迎えたこの身を思えば、それはちょうど筆者自身の30代の総決算であったとも言えるだろう。
この試みをやり遂げるにあたって、支えとなったのは、とりわけ志をともにする仲間たちの存在であった。本書で展開された着想の多くは、彼らとの膝を突き合わせた対話がもたらしたものであり、その意味において本書は、間違いなく彼らとの共同研究の成果である。
具体的には、増田敬祐氏と吉田健彦氏の存在がなければ、本書を完成させることは、まず不可能であったに違いない(1)。
増田敬祐氏と出会ったのは、筆者がまだ院生時代の頃である。同氏とはときに衝突しつつも、互いを励ましあいながら、かれこれ15年あまりの付き合いとなる。社会や時代、人間や人生、芸術や美について、同氏を通じて気づかされたことは数知れない。本書で直接言及しきれなかったものを含め、本書には、同氏の一言が契機となって、筆者のなかで豊に育っていったものが散りばめられている。
吉田健彦氏とは、同じゼミの出身者でありながら、本格的な交流が始まったのは大学院を卒業してからかもしれない。それでもひとつの問いに一途に向き合い、自分自身の言葉で語り続ける同氏の姿勢は、筆者に忘れがたい刻印を残した。とりわけ〈関係性〉として人間存在を理解するという視点は同氏の影響が強く、例えば本書の【第七章】などは、同氏との対話がなければ書かれることはなかっただろう。
両氏に共通しているのは、単なる知識を越えたところにある“人間そのもの”を見つめ続けようとする姿勢である。本書の表現を用いれば、両氏には「目に見えないもの」を掌握しようとする、本当の意味での「知的誠実さ」があると言える。そのことに、筆者は日々勇気づけられ、支えられてきたのである。
この三人で、本格的な共同研究を開始したのは、2014年の暮れから2015年のはじめの頃であった。そのとき掲げた目標とは、①現代社会には、人間存在を捉える新たな〈思想〉が求められているとの共通認識を出発点とし、②三人が中心となって、新たに学術雑誌を刊行すること、③雑誌の刊行を通じて、それぞれが自らの〈思想〉を完成させること、④「第四号」の発刊を目処に、それぞれの成果を単著にまとめ、⑤それらを“シリーズ本”として発表する、というものであった。
あれから5年以上の歳月が流れ、⑤の“シリーズ本”という目標はついに叶わなかった。身体を壊して執筆に支障をきたしたり、出版を断られ続けて暗澹としたりすることもあった。しかし、少なくともこうして筆者と吉田氏は、単著の刊行を実現することができそうである(2)。増田氏もまた、しかるべき機において成果の刊行を実現してくれるものと筆者は信じている。
本書が完成に至るまでには、本当に多くの方々にお世話になった。まず、東京農工大学時代の恩師である尾関周二先生には、筆者が「環境哲学」と出会い、この道に進む最初の一歩を支えてくださったことに、ここで改めて感謝を申し上げたい。加えて、信州大学時代に筆者を拾ってくださった中堀謙二先生、山本省先生、大学院時代にお世話になった朝岡幸彦先生、ポスドク時代にさまざまな面で親身に接してくださった中川光弘先生、三村信男先生、田村誠先生、そして現職に着任してからご指導をいただいた森岡正博先生にも、ここであわせて感謝を申し上げたい。
加えて、本書の原稿に対して有意義な指摘をしてくださった、亀山純生先生、吉永明弘さま、穴見愼一さま、秋山知宏さま、中川優一さま、楊逸帆さまにも、ここで特別感謝を表したい。いただいた指摘をすべて反映させることはできなかったが、その言葉に応答しようとすることによって、本書は間違いなく良いものになったと思われる。
本書の中身に込めた思いについては、ここで改めて書き連ねることは止めておこう。筆者はそれを、十分すぎるほどに言葉として表現してきたし、それ以上の言葉をここで紡ぐのは困難である。私を産み育ててくれた両親、いつも側にいてくれた家族をはじめ、願わくは、この与えられた〈生〉のなかで、私が出会い、私に意味を与えてくれたすべての方々に、本書を捧げたい。
令和3年7月吉日 上柿崇英
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(1)本書における増田敬祐への言及箇所は、【序論:注9、注20】、【第一章:上巻54頁、注36、注39、注40】、【第二章:注14】、【第三章:注3】、【第五章:注19】、【第六章:上巻184頁、注23】、【第七章:注8、注34、注38】、【第八章:上巻284頁、注32、注75、注77】、【第九章:注137、注195、注202、注204】、【第十章:注8、注20、注28、注60】、【おわりに】、【付録五】、吉田健彦への言及箇所は、【序論:注14、注20】、【第一章:上巻51頁、注29、注39】、【第六章:注7、注8、注26】、【第七章:上巻208頁、210頁、注7、注10、注13、注14、注51、【第八章:注64】、【第九章:注197、注203】、【第十章:下巻154頁、注23、注26、注67、注84】、【補論一:注4、注6】、【補論二:注57】、【おわりに】を参照のこと。
(2)吉田健彦(2021)『メディオーム――ポストヒューマンのメディア論』共和国